Shakespeare's 10 Masterpieces

William Shakespeare portrait

1. ソネット第18番:愛と永遠の美

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate:
君を夏の日にたとえようか? いや、君のほうがもっと愛らしく、もっと穏やかだ。
重要語彙・古語
・Shall I...?: 意志や思案を促す助動詞。
・thee: you の目的格(古語)。
・temperate: 中庸を保った、穏やかな気候。
文法構造直接疑問文によるフックと、比較級の並列による美の強調。
詩的テクニック自然界の夏を基準にしつつ、人間(君)の内面・存在の調和的優位性を宣言する導入。
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date:
荒々しい風が5月の愛らしい蕾を揺さぶり、夏のリース契約(期限)はあまりにも短い。
重要語彙・古語
・do shake: 強調の do。
・summer's lease: 夏を借り受けた期間限定の賃貸借契約。
・all too short a date: あまりにも短い期間。
文法構造名詞句 `summer's lease` に経済・法律的比喩を重ねる巧みな構造。
詩的テクニック自然の無常さと残酷さを「風」と「契約期限」という具象で表現。
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
ときには天の目がギラギラと熱く輝きすぎ、その黄金色の肌も曇りがちになる。
重要語彙・古語
・the eye of heaven: 「天の目」=太陽の詩的比喩。
・complexion: 本来は人の顔色だが、ここでは太陽の輝きそのもの。
・dimm'd: 曇らされる(受動態)。
文法構造副詞句の倒置と、受動態による太陽の欠点の描写。
詩的テクニック絶対的であるはずの太陽すら完璧ではないという弱点を暴く布石。
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
すべての美しいものも、いつかそのピークから下り坂に向かい、偶然や自然の移ろいによって装飾を剥ぎ取られていく。
重要語彙・古語
・every fair (1つ目): すべての美しいもの。
・from fair (2つ目): 美の絶頂期、ピーク。
・untrimm'd: 手入れされた装飾が剥ぎ取られた状態。
文法構造多義語 `fair` の鮮やかな繰り返しと、過去分詞による修飾。
詩的テクニック個別の夏から宇宙の真理「諸行無常」への壮大な視座の拡大。
But thy eternal summer shall not fade
Nor lose possession of that fair thou ow'st;
だが、君の永遠の夏は決して色褪せることはなく、君が持つその美しさを手放すこともない。
重要語彙・古語
・eternal summer: 決して枯れない永遠の季節。
・shall not fade: 絶対に色褪せないという強い運命の予言。
・thou ow'st: You own(所有している)。
文法構造逆接の `But` と否定の倒置 `Nor lose...` による劇的なトーンの変化。
詩的テクニック無常観を完全にひっくり返す構成の転換(Volta)と不変の愛の宣言。
Nor shall Death brag thou wander'st in his shade,
When in eternal lines to time thou grow'st:
死神が「俺の影の中をさまよっているな」と自慢することもできない。時を超えた永遠の詩行の中で、君が時間に同化していくときには。
重要語彙・古語
・Death: 擬人化された死神。
・brag: 威張る、自慢する。
・eternal lines: このソネットの詩行(文字)。
文法構造`When` 節における `grow to time`(時間と一体化する)の深遠な動詞の選択。
詩的テクニック死神に打ち勝つ手段が、肉体ではなく「詩に刻まれること」であると明かされる瞬間。
So long as men can breathe or eyes can see,
So long lives this, and this gives life to thee.
人類が呼吸をし、目が見えているその限りの間、この詩が生き続け、君に命を与え続けるのだ。
重要語彙・古語
・So long as...: ~である限り。
・lives this: 詩が生き続ける(主語と動詞の倒置)。
・gives life to thee: 君に命を吹き込む。
文法構造相関構文 `So long as A, so long B` による美しい結びの構築。
詩的テクニック人類の生存をタイムリミットに設定し、芸術で愛する者を永遠化するカタルシス。

2. ソネット第116番:不変の愛と絆

Let me not to the marriage of true minds
Admit impediments. Love is not love
誠実な魂の結びつきに、障害を認めることなかれ。愛とは、もし変化が見つかれば変化してしまうようなものではなく、
重要語彙・古語
・marriage of true minds: 精神的な真の結びつき。
・impediments: 結婚の障害・妨げ。
・admit: 認める、受け入れる。
文法構造否定の命令形 `Let me not admit...` で堂々と宣言する格調高い冒頭。
詩的テクニック結婚式の誓いの言葉をあえて引用し、愛を「魂の法」として定義。
Which alters when it alteration finds,
Or bends with the remover to remove:
相手の変化を見つけて自らも変わり、あるいは引き離そうとする者の圧力にしおれて曲がってしまうようなものではない。
重要語彙・古語
・alters: 変質する、変わる。
・alteration: 変動、心変わり。
・remover: 関係を引き裂こうとする者(または障害)。
文法構造関係代名詞 `Which` が愛の性質を否定的に鋭く定義していく構造。
詩的テクニック環境や他人の干渉によって揺らぐものは、本当の愛ではないという絶対的な定義づけ。
O no! it is an ever-fixed mark
That looks on tempests and is never shaken;
いや、決して違う! 愛とは、どんな嵐に直面しても決して揺らぐことのない、永遠に据えられた目印なのだ。
重要語彙・古語
・ever-fixed mark: 常に固定された目標物、灯台や目印。
・tempests: 大嵐、人生の激しい逆境。
・shaken: 揺さぶられる、動揺する。
文法構造力強い感嘆詞 `O no!` からの肯定の断定、関係代名詞による修飾。
詩的テクニック不安定な世の中における「揺るがない建造物・目印」としての愛の比喩。
It is the star to every wandering bark,
Whose worth's unknown, although his height be taken.
それはどんな迷える小舟にとっても北極星であり、高さは測れても、その真の価値は測り知れない。
重要語彙・古語
・wandering bark: 嵐の海をさまよう小舟。
・height be taken: 星の高さを測る(天測航法)。
・worth's unknown: 本質的な価値は計り知れない。
文法構造関係代名詞 `Whose` が舟または星の測量不可能な価値を美しく修飾。
詩的テクニック大航海時代の航法になぞらえ、愛を「荒波を越えるための不変の北極星」に比喩。
Love's not Time's fool, though rosy lips and cheeks
Within his bending sickle's compass come;
愛は時間の道化師(手玉)ではない。たとえバラ色の唇や頬が、時間の曲がった鎌の射程圏内に入ってくるとしても。
重要語彙・古語
・Time's fool: 時間に翻弄される道化師(おもちゃ)。
・rosy lips and cheeks: 若さと肉体的な美しさの象徴。
・bending sickle's compass: 死神・時間が持つ刈り取り用の鎌の円弧。
文法構造譲歩の副詞節 `though ~` を挟みつつ、愛が時間を超越していることを主張。
詩的テクニック肉体の美は老いる(時間の鎌に刈られる)が、愛の本質はその支配を受けないという見事な対比。
Love alters not with his brief hours and weeks,
But bears it out even to the edge of doom.
愛は、時間の短い何時間や何週間ごときでは変質せず、審判の日(終末)の淵に至るまで耐え抜くのだ。
重要語彙・古語
・his brief hours: 時間(Time)が刻む短い単位。
・bears it out: 最後まで耐え抜く、持ちこたえる。
・edge of doom: 世界の終わり、最後の審判の日。
文法構造対比の接続詞 `But` を用いて、時間の有限性と愛の無限性を対置。
詩的テクニック「もしこれが間違いで、私が証明されたなら、私は一度も書いたことがないし、誰も一度も愛したことがない」という圧倒的な結びの宣言への布石。

3. ソネット第29番:孤独から希望への転換

When in disgrace with fortune and men's eyes,
I all alone beweep my outcast state,
運命からも世間の目からも見放され、たった一人で自分の見捨てられた境遇を泣き濡らすとき、
重要語彙・古語
・disgrace: 不名誉、冷遇され落ちぶれていること。
・fortune: 運命、幸運の女神。
・outcast state: 社会から爪弾きにされた状態。
文法構造`When ~ , I beweep...` という、暗い絶望から始まる長大な従属節の構造。
詩的テクニック社会的な全否定から始まるどん底の感情表現。
And trouble deaf heaven with my bootless cries,
And look upon myself and curse my fate,
耳を持たない天に向かって無駄な泣き声を浴びせかけ、自分自身を見つめては自分の宿命を呪うとき、
重要語彙・古語
・deaf heaven: 人の祈りを聞き入れない「耳を持たない・冷淡な天」。
・bootless cries: 無益な、実りのない叫びや嘆き。
・curse my fate: 不運な宿命を呪う。
文法構造動詞 `beweep`, `trouble`, `look`, `curse` が連続して並ぶ心理の焦燥。
詩的テクニック祈りが届かない絶望感(deaf heaven)を視覚・聴覚的に演出。
Wishing me like to one more rich in hope,
Featured like him, like him with friends possesst,
もっと希望に満ちた男のようであれたらと願い、彼のような容姿を持ち、彼のように友人たちに恵まれていればと望み、
重要語彙・古語
・rich in hope: 希望に富んだ、将来性のある。
・Featured like him: 彼のような素晴らしい顔立ち・特徴をしていて。
・possesst: 満たされている、所有している。
文法構造分詞構文 `Wishing...` と、等位接続で繰り返される `like him` の反復。
詩的テクニック他者への強烈な羨望と、それに伴う自己否定のピーク。
Desiring this man's art and that man's scope,
With what I most enjoy contented least;
あの男の才能やこの男の器量を欲しがり、自分が一番誇りに思っているはずのものにも全く満足できなくなるとき、
重要語彙・古語
・art: 技量、芸術的才能、スキル。
・scope: 能力の範囲、自由度、器。
・contented least: 最も満足していない、不満でいっぱいである。
文法構造自己嫌悪が最高潮に達する詩の前半部のクライマックス文法。
詩的テクニックどん底の孤独感と無力感をこれ以上ないほどリアルに読者に追体験させる。
Yet in these thoughts myself almost despising,
Haply I think on thee, and then my state,
しかし、こうした思いの中で自分自身をほとんど軽蔑しそうになったとき、ふと君のことが頭に浮かび、その瞬間私の境遇は、
重要語彙・古語
・despising: 軽蔑する、自己蔑視する。
・Haply: 偶然に、ふと(古語)。
・my state: 私の状況・地位。
文法構造転換点を示す `Yet` から始まり、分詞構文を経て一気に事態が反転する構造。
詩的テクニック心の暗闇に一筋の光が差し込むような、感情のドラマチックな急転回(Volta)。
Like to the lark at break of day arising
From sullen earth, sings hymns at heaven's gate;
夜明けの空にさえずりながら、陰鬱な大地から飛び立つヒバリのように、天の門に向かって讃美歌を歌うのだ。
重要語彙・古語
・lark: ヒバリ(早朝に空高く昇りながら鳴く鳥)。
・break of day: 夜明け、黎明。
・sullen earth: どんよりとした、機嫌の悪い不毛な大地。
文法構造ヒバリの飛翔と歌声に自分の精神の浮揚を重ねる直喩(simile)。
詩的テクニックどん底の重苦しい大地から、一気に雲の上の聖域へと引き上げられる爽快感。
For thy sweet love remembered such wealth brings,
That then I scorn to change my state with kings.
君の愛を思い出すだけで豊かな富がもたらされ、王たちの地位とさえ取り替える気にはならない。
重要語彙・古語
・remembered: 思い出されることによる恩恵。
・wealth: 物質を超えた精神的富。
・scorn to change: 変えるなんてごめんだ、見下して拒絶する。
文法構造`such A that B`(あまりにAなのでBだ)の構文が美しく決まる結び。
詩的テクニックたった一人の存在を思い出せば、世界中のいかなる権力者よりも富んでいると感じる大逆転の結末。

4. ソネット第73番:衰えゆく季節と人生の比喩

That time of year thou mayst in me behold
When yellow leaves, or none, or few, do hang
私の中に、君が目にするであろうその季節を――黄色い葉が、あるいは全く、あるいはわずかに枝に残る季節を。
重要語彙・古語
・That time of year: 人生の秋・晩年。
・behold: 見る、じっと凝視する。
・or none, or few: 葉がパラパラと落ちていくグラデーション。
文法構造目的語の倒置と挿入句による枯れゆくリズムの再現。
詩的テクニック老いていく肉体を自然の季節変化に重ねる重厚な比喩の導入。
Upon those boughs which shake against the cold,
Bare ruin'd choirs, where late the sweet birds sang.
寒さに震える枝々の上、かつては甘い鳥たちが歌っていた、崩れかけた廃墟の聖歌隊席のように。
重要語彙・古語
・boughs: 木の枝。
・Bare ruin'd choirs: 教会の崩れかけた聖歌隊席(骨組みが木の枝に似ている)。
・late: 「かつては、近頃まで」。
文法構造名詞句を幾重にも重ね、かつての栄光(歌声)と現在の荒廃を対比する修飾構造。
詩的テクニック冬の枝から「教会の廃墟」へとイメージを飛躍させる立体的なメタファー。
In me thou see'st the twilight of such day
As after sunset fadeth in the west,
私の中に見出すのは、日没後の西の空に消えゆく、あのような黄昏時――
重要語彙・古語
・twilight: 黄昏、薄暮、人生の夕暮れ。
・fadeth: fade(消えていく)の古形。
・west: 日が沈む方向、人生の終着点。
文法構造`such day, As ~`(~のような一日)の同等・比較構文。
詩的テクニック「季節」から「一日の終わり(夕暮れ)」へとスケールを縮小し、消えゆく光を見つめる寂寥感。
Which by and by black night doth take away,
Death's second self, that seals up all in rest.
それがやがて黒い夜によって残らず奪い去られていく。死の分身であり、すべてを眠りの中に封印してしまう夜に。
重要語彙・古語
・black night: 完全な暗闇、死。
・Death's second self: 死の双子の兄弟、あるいは二番目の姿(眠り・夜)。
・seals up: 完全に閉じ込める、封印する。
文法構造先行する黄昏を同格表現 `Death's second self` で言い換える重厚な文学的修飾。
詩的テクニック「夕暮れ = 眠り = 小さな死」という不可避の連鎖を描写。
In me thou see'st the glowing of such fire,
That on the ashes of his youth doth lie,
私の中に見出すのは、若さの燃え殻の上に横たわる、あの消えかかった炭火の輝きを――
重要語彙・古語
・glowing: ほのかに光る炭火、残り火。
・ashes: 灰、燃え殻。
・his youth: かつての若さのエネルギー。
文法構造「季節」「夕暮れ」に続く第3の比喩「消えゆく炎」の導入部。
詩的テクニック情熱的な若さが燃え尽き、白灰に覆われながらも微かに熱を保つ老いた生命の描写。
As the death-bed whereon it must expire,
Consum'd with that which it was nourish'd by.
それはやがて息絶えるべき死床であり、かつて自分を養っていたもの(燃料・情熱)自身によって消費し尽くされている。
重要語彙・古語
・death-bed: 臨終の床。
・expire: 息を引き取る、期限が切れる。
・Consum'd with: ~によって燃え尽くされる、消費される。
文法構造過去分詞句 `Consum'd with...` が炎の置かれたパラドックスを説明。
詩的テクニック「自分を燃やしていたエネルギーそのものが、最終的に自分を消費する」という残酷な真理。
This thou perceiv'st, which makes thy love more strong,
To love that well which thou must leave ere long.
君はこのことに気づいているからこそ、まもなく失わなければならないものを、いっそう強く愛おしむのだ。
重要語彙・古語
・perceiv'st: perceive(気づく、察知する)の古形。
・ere long: まもなく、遠からず。
・leave: 死別する、手放す。
文法構造関係代名詞 `which` が前半のすべての比喩を受け止め、結びの強い結論へと結びつける構文。
詩的テクニック「老いていく私を、君がもうすぐ失うからこそ、より一層深く愛してくれる」という痛切な愛の結論。

5. ソネット第30番:記憶と癒やし

When to the sessions of sweet silent thought
I summon up remembrance of things past,
静けさに満ちた思考の法廷に、過ぎ去った日々の記憶を呼び起こすとき、
重要語彙・古語
・sessions: 法廷の開廷、審理の場。
・summon up: 召喚する、呼び覚ます。
・things past: 過ぎ去りし過去の事ども。
文法構造内省の空間を「法廷(sessions)」に見立てる比喩表現の導入。
詩的テクニック過去の失敗や後悔という名の被告人たちが頭の中で裁判を開くような心理描写。
I sigh the lack of many a thing I sought,
And with old woes new wail my dear time's waste:
求めながら手に入らなかったものを嘆いてはため息をつき、古い悲しみを引っ張り出しては、大切だった時間の浪費を改めて泣く。
重要語彙・古語
・lack: 欠如、手に入らなかったこと。
・old woes: 昔の悲しみ、過去のトラウマ。
・new wail: 新たに(再び)泣き叫ぶ・嘆く。
文法構造`sigh the lack` と `new wail` という動詞のペアが、過去の痛みを反芻する執拗さを表現。
詩的テクニック人間が陥りがちな「過去のネガティブな記憶のループ」を的確に言語化。
Then can I drown an eye, unused to flow,
For precious friends hid in death's dateless night,
普段は涙を流さない私の目にも涙があふれ、死という永遠の闇の中に隠されてしまったかけがえのない友人たちのために泣くことができる。
重要語彙・古語
・drown an eye: 目を涙で溺れさせる、泣き濡れる。
・unused to flow: 普段は泣くことに慣れていない。
・dateless night: 期限のない、終わりのない(永遠の)闇。
文法構造過去の喪失(友人の死)に向かって感情のダムが決壊する瞬間を描く構文。
詩的テクニック自分の失敗の嘆きから、人生で最も痛い「大切な人との死別」へと痛みが深化。
And weep afresh love's long since cancell'd woe,
And moan the expense of many a vanish'd sight:
かつて消え去ったはずの恋の痛みを再び新しく泣き、すでに失われた多くの光景(思い出)の代償を嘆くのだ。
重要語彙・古語
・cancell'd woe: すでに帳消しになったはずの悲しみ。
・moan: うめく、嘆き悲しむ。
・expense: 支払い、失われた代償・浪費。
文法構造痛みの無限ループを示す `weep afresh` と `moan` の重層的な連続。
詩的テクニック忘れたはずの傷口が次々と開いていくような、心理的な追憶の苦しみ。
Then can I grieve at grievances, foregone,
And heavily from woe to woe tell o'er
そして過去に埋めたはずの悲しみを再び憂い、重苦しい足取りで、一つの悲しみから次の悲しみへと数え上げていくのだ――
重要語彙・古語
・grievances: 苦情、不平、心の傷。
・foregone: すでに過ぎ去った、過去のものとなった。
・tell o'er: 数え上げる、ロザリオの珠を繰るように反芻する。
文法構造数珠繋ぎに悲しみを数える(`tell o'er`)比喩による、陰鬱なリズムの強調。
詩的テクニック精神的な暗闇の底、自責と悲しみのピークに達する瞬間。
The sad account of fore-bemoan'd moan,
Which I new pay as if not paid before.
すでに散々泣いて支払ったはずの悲しみの勘定を、まるでまだ払っていなかったかのように、今再び支払うことになるのだ。
重要語彙・古語
・sad account: 悲しみの計算書・勘定。
・fore-bemoan'd moan: 前もって散々嘆き悲しんだ嘆き。
・new pay: 新たに(二重に)支払う。
文法構造経済用語(account, pay)を使った、悲しみの「二重支払い」という秀逸な比喩。
詩的テクニック過去の悲しみに利息をつけて払い直しているような、逃れられない苦悩のシステム。
But if the while I think on thee, dear friend,
All losses are restored and sorrows end.
しかし、その間にも親愛なる君の事を思うと、すべての損失が償われ、悲しみが終わる。
重要語彙・古語
・the while: その間に、ふと。
・restored: 返還される、埋め合わせられる。
・sorrows end: 悲しみが消え去る。
文法構造逆接の `But if` から展開し、一瞬でバランスがプラスに転じる構造。
詩的テクニックどれほど過去の傷に苦しんでも、君を思う一撃ですべての負債がチャラになる精神的浄化(Catharsis)。

6. ソネット第129番:衝動と後悔のメカニズム

Th' expense of spirit in a waste of shame
Is lust in action; and till action, lust
恥辱の荒野で精神を浪費すること、それが行為に移された情欲であり、行為に至るまでは情欲は、
重要語彙・古語
・expense of spirit: 精神やエネルギーの浪費。
・waste of shame: 恥にまみれた荒野。
・lust: 情欲、激しい欲望。
文法構造抽象名詞をぶつけ合う、心理分析的な文体。
詩的テクニック欲望がもたらす破滅のメカニズムを冷徹に解剖する導入。
Is perjur'd, murderous, bloody, full of blame,
Savage, extreme, rude, cruel, not to trust;
偽りに満ち、殺人的で、血なまぐさく、非難にまみれ、野蛮で、極端で、粗暴で、残虐で、信用ならない。
重要語彙・古語
・perjur'd: 偽誓した、誓いを破った。
・murderous, bloody: 破壊的で暴力的な衝動。
・not to trust: 信用してはならないもの。
文法構造形容詞の怒涛の羅列によって、衝動の醜さと危険性を高速で描写。
詩的テクニック欲望の瞬間に理性を失う人間を、ほとんど怪物のように描く。
Enjoy'd no sooner but despised straight;
Past reason hunted; and no sooner had,
手に入れた瞬間にすぐ嫌悪され、理性をかなぐり捨てて追い求められたかと思えば、手に入れた途端に、
重要語彙・古語
・despised straight: すぐさま軽蔑される。
・Past reason: 理性を超えて。
・hunted: 狂気的に追い求められた。
文法構造`no sooner ~ but...` の構文で、欲求と嫌悪の切り替わりを速く見せる。
詩的テクニック追う間は渇望し、得た瞬間に嫌悪するという欲望の自己矛盾。
Past reason hated, as a swallow'd bait
On purpose laid to make the taker mad;
理性を超えて憎悪される――それは、食いついた者を狂わせるためにわざと仕掛けられた、飲み込まれた餌のように。
重要語彙・古語
・swallow'd bait: 思わず飲み込んだ罠の餌。
・on purpose laid: 意図的に罠として仕組まれた。
・make the taker mad: 捕らえられた者を狂気に陥れる。
文法構造欲求の罠を釣り餌の比喩で鮮やかに言い換える。
詩的テクニック快楽の罠にかかった人間が、自ら毒を飲み込んで狂っていく構図。
Mad in pursuit and in possession so;
Had, having, and in quest to have, extreme;
追い求めているときも、手に入れているときも狂っている。得たときも、持っているときも、得ようとしているときも、すべて極端だ。
重要語彙・古語
・Mad in pursuit: 追いかけている最中も狂気。
・in possession so: 所有している最中も同じ。
・in quest to have: 得ようとして追い求めること。
文法構造`Had, having, and in quest to have` の畳みかけで全段階を列挙。
詩的テクニック欲望の始まりから所有まで、全プロセスを極端な状態として描く。
A bliss in proof, and prov'd, a very woe;
Before, a joy propos'd; behind, a dream.
経験している最中は至福だが、経験し終えればまさに苦痛。前にあるときは約束された喜び、過ぎ去れば夢にすぎない。
重要語彙・古語
・bliss in proof: 経験中の至福。
・a very woe: まさに苦痛そのもの。
・a joy propos'd / a dream: 期待された喜び/後に残る幻。
文法構造現在・直後・前後を対比し、快楽の時間構造を圧縮している。
詩的テクニック期待と結果の落差を一気に示す。
All this the world well knows; yet none knows well
To shun the heaven that leads men to this hell.
世界中がそれをよく知っている。それでも、人をこの地獄へ導く天国を避ける術を本当に知る者はいない。
重要語彙・古語
・shun: 避ける。
・heaven that leads men to this hell: 快楽という天国が結果として地獄に通じるという逆説。
文法構造`knows` と `knows well`、`heaven` と `hell` の強烈な対置。
詩的テクニック知っていても避けられない人間の欲望を皮肉に締めくくる。

7. ソネット第130番:アンチ・ロマンティックな真実の愛

My mistress' eyes are nothing like the sun;
Coral is far more red than her lips' red;
私のお方の目は太陽などとは似ても似つかない。サンゴのほうが彼女の唇よりもはるかに赤い。
重要語彙・古語
・mistress: 愛する女性、恋人。
・coral: 宝石のサンゴ。
・nothing like: まったく似ていない。
文法構造既存の恋愛詩の決まり文句を次々と否定していく構文。
詩的テクニック甘い誇張表現をユーモラスに解体する。
If snow be white, why then her breasts are dun;
If hairs be wires, black wires grow on her head.
雪が白いなら、彼女の肌はくすんだ灰褐色だ。髪が針金だというなら、彼女の頭には黒い針金が生えている。
重要語彙・古語
・dun: 灰色がかった茶色、くすんだ色。
・wires: 当時の詩で金髪を形容する「黄金の針金」への皮肉。
文法構造仮定法 `If ~ , why then...` を使ったお世辞へのカウンター。
詩的テクニック「雪の肌」「金の髪」を真逆の現実に置き換えるリアル描写。
I have seen roses damask'd, red and white,
But no such roses see I in her cheeks;
赤と白が入り交じったまだら模様のバラなら見たことがあるが、彼女の頬にはそんなバラは見当たらない。
重要語彙・古語
・damask'd: 白と赤が入り交じったダマスクローズ。
・cheeks: 頬、血色。
文法構造自然のバラと恋人の素顔を比較し、あえて「ない」と言い切る。
詩的テクニック恋愛詩の定番の褒め言葉を徹底して拒絶する。
And in some perfumes is there more delight
Than in the breath that from my mistress reeks.
いくつかの香水のほうが、私のお方の息から漂うにおいよりも、よほど心地よい香りがする。
重要語彙・古語
・delight: 喜び、心地よさ。
・breath: 吐息、息のにおい。
・reeks: におう、発散する。
文法構造比較級で恋人の息を理想化しない。
詩的テクニック「息がバラの香りなわけがない」という生身の人間への親密さ。
I love to hear her speak, yet well I know
That music hath a far more pleasing sound;
彼女の声を聞くのは好きだが、音楽のほうがはるかに心地よい響きを持っていることはよく知っている。
重要語彙・古語
・I love to hear her speak: 声を聞くのは好き。
・pleasing sound: 心地よい音色。
文法構造`I love to hear... yet well I know...` という、愛と客観的事実の並立。
詩的テクニック理想化しないこと自体が誠実な愛だと見えてくる転換。
I grant I never saw a goddess go;
My mistress, when she walks, treads on the ground:
女神が歩くところなど見たことがないと認める。私のお方は、歩くときにはしっかりと地を踏みしめているのだから。
重要語彙・古語
・grant: 認めよう。
・goddess go: 女神が歩く姿。
・treads on the ground: 地面を踏んで歩く。
文法構造女神という虚構と「地に足がついている」現実の対置。
詩的テクニック彼女を普通の人間として愛していることを強調する。
And yet, by heaven, I think my love as rare
As any she belied with false compare.
だが誓って言うが、私の愛する人は、偽りの比喩で飾られたどんな女性にも劣らず素晴らしい。
重要語彙・古語
・by heaven: 神に誓って。
・rare: 類まれな、素晴らしい。
・belied with false compare: 嘘の比喩で飾り立てられた女性。
文法構造`as rare as ~` の同等比較を用いた結び。
詩的テクニックお世辞を言わないリアルな目線こそが誠実な愛だと証明する。

8. 『ハムレット』より:人生の選択(ポローニアスの助言)

This above all: to thine own self be true,
And it must follow, as the night the day,
何よりもまず自分自身に忠実であれ。そうすれば、夜の後に昼が訪れるように、
重要語彙・古語
・This above all: 何よりもこれだけは大事にせよ。
・to thine own self be true: 自分自身に嘘をつかず、誠実であれ。
・follow: 後に続く、必然的に生じる。
文法構造比喩 `as the night the day` が挿入され、論理的な必然性を強調する名言構文。
詩的テクニック父親から息子への人生訓として普遍化された一節。
Thou canst not then be false to any man.
Farewell: my blessing season this in thee!
決して他人を欺くことにはならないのだから。さあ、お別れだ。私の祝福が、お前の中でこの言葉をしっかりと実らせますように!
重要語彙・古語
・canst not: cannot の古形。
・false to: ~に対して不実である、裏切る。
・season this: 言葉を熟成・定着させる。
文法構造「自分への誠実さ」が「他人への不誠実の回避」に直結する論理と祝福の祈り。
詩的テクニック父親から息子への人生訓を簡潔に締めくくる。

9. ソネット第97番:愛する人がいない季節の冷たさ

How like a winter hath my absence been
From thee, the pleasure of the fleeting year!
過ぎゆく一年の喜びである君から離れていた私の不在は、なんと冬のようだったことか!
重要語彙・古語
・absence: 不在、離れていること。
・pleasure of the fleeting year: 過ぎゆく一年の喜び。
・hath been: ずっと~であった。
文法構造感嘆の `How` から始まる感情の強い導入。
詩的テクニック愛する人の不在を心理的な冬として描く。
What freezings have I felt, what dark days seen!
What old December's bareness everywhere!
どれほど凍てつく寒さを感じ、どれほど暗い日々を見てきたことか! あらゆる場所に、老いた12月のような荒涼とした裸の景色が広がっていた!
重要語彙・古語
・freezings: 凍てつく寒さ、精神的な冷え込み。
・old December's bareness: 年の瀬の枯れ果てた寒々しさ。
文法構造`What ~ have I felt!` という連続する感嘆文。
詩的テクニック心理的孤独が物理的な冬景色として世界を侵食していく。
And yet this time remov'd was summer's time,
The teeming autumn, big with rich increase,
だが、この引き離されていた時間は実際には夏の時期、そして豊かな実りをはらんだ多産な秋だった。
重要語彙・古語
・time remov'd: 引き離されていた期間。
・teeming autumn: 生命力にあふれる秋。
・big with rich increase: 豊かな収穫をはらんでいる。
文法構造外界の豊かな季節と内面の冬を対照させる。
詩的テクニック世界が豊かでも、愛する人がいなければ冬に感じられるという対比。
Bearing the wanton burthen of the prime,
Like widow'd wombs after their lords' decease:
春の盛りが生んだ豊かな果実の重みを抱え、夫を亡くした後の未亡人の胎のように見えた。
重要語彙・古語
・wanton burthen: 豊かな生命の実り。
・prime: 春、生命の盛り。
・widow'd wombs: 夫に先立たれた未亡人の胎。
文法構造豊穣な秋と未亡人という大胆な比較。
詩的テクニック豊かな実りにさえ喪失の影を見る。
Yet this abundant issue seem'd to me
But hope of orphans, and unfather'd fruit;
それでも、その豊かな実りは私には、孤児たちの希望、父を失った果実のようにしか見えなかった。
重要語彙・古語
・abundant issue: 豊かな産出、実り。
・orphans: 孤児たち。
・unfather'd fruit: 父を失った果実。
文法構造収穫を家族関係の比喩へ移して欠落を強調。
詩的テクニック豊穣そのものが、愛する人の不在によって孤児のように見える。
For summer and his pleasures wait on thee,
And, thou away, the very birds are mute;
夏とその喜びは君に付き従うものだから、君がいないと、鳥たちさえ本当に黙り込んでしまう。
重要語彙・古語
・wait on thee: 君に仕える、付き従う。
・thou away: 君が不在で。
・mute: 黙った、声を失った。
文法構造季節そのものが君に従属するという擬人化。
詩的テクニック自然の音まで君の存在に依存しているかのように描く。
Or, if they sing, 'tis with so dull a cheer,
That leaves look pale, dreading the winter's near.
あるいは鳥が歌うとしても、その声はあまりに沈んでいて、葉さえ青ざめ、冬が近いことを恐れているように見える。
重要語彙・古語
・dull a cheer: 沈んだ調子。
・leaves look pale: 葉が青ざめて見える。
・dreading: 恐れている。
文法構造`so ... that ...` によって沈んだ歌声と冬の予感を結びつける。
詩的テクニック君の不在によって夏の中に冬が先取りされる結末。

10. 『テンペスト』より:人生と世界の儚さ

You do look, my son, in a moved sort,
As if you were dismay'd: be cheerful, sir.
息子よ、お前はなんだか動揺しているように見えるぞ。まるで気落ちしているかのように。元気を出したまえ、若き人よ。
重要語彙・古語
・moved sort: 動揺した様子。
・dismay'd: 狼狽している、ショックを受けている。
・be cheerful: 元気を出しなさい。
文法構造プロスペロがフェルディナンドの心理状態を見抜いて諭す導入。
詩的テクニック幻影劇から現実へ戻された若者の動揺を描写。
Our revels now are ended. These our actors,
As I foretold you, were all spirits and
我々の祝宴はこれですべて終わった。私が以前に告げた通り、これらの役者たちはすべて精霊であり、
重要語彙・古語
・revels: 祝宴、劇の演し物。
・foretold: あらかじめ告げた。
・spirits: 精霊、幻影。
文法構造`Our revels now are ended.` という幕引きの宣言。
詩的テクニック人生と舞台を重ねるメタシアター的な世界観へ入る。
Are melted into air, into thin air:
And, like the baseless fabric of this vision,
大気の中へ、薄い空気の中へと溶けて消えてしまった。そして、この幻影の土台なき建造物のように、
重要語彙・古語
・melted into air: 空気の中に溶けて消失する。
・baseless fabric: 土台のない建造物。
・vision: 幻。
文法構造`into air, into thin air` の反復で消失を強調。
詩的テクニック物質世界が一瞬で霧散するイメージ。
The cloud-capp'd towers, the gorgeous palaces,
The solemn temples, the great globe itself,
雲をいただく塔も、絢爛豪華な宮殿も、荘厳な神殿も、そしてこの巨大な世界そのものさえも、
重要語彙・古語
・cloud-capp'd towers: 雲をいただく高い塔。
・gorgeous palaces: 豪華な宮殿。
・the great globe itself: 世界そのもの、また劇場を暗示する可能性もある。
文法構造建造物から世界全体へスケールを拡大する名詞の列挙。
詩的テクニック文明から世界そのものまで儚さの射程に入れる。
Yea, all which it inherit, shall dissolve
And, like this insubstantial pageant faded,
そう、そこに住み継ぐすべてのものも、やがて溶け去り、この実体のないページェントが消えたように、
重要語彙・古語
・inherit: そこに住み、占める。
・dissolve: 溶解する、消滅する。
・insubstantial pageant: 実体のない壮麗な見世物。
文法構造巨大な主語に対して `shall dissolve` を置く静かな断定。
詩的テクニック人間も文明も見世物のように消えるという視座。
Leave not a rack behind. We are such stuff
As dreams are made on, and our little life
あとに一片の雲も残さない。我々は夢と同じ素材でできており、私たちのちっぽけな人生は、
重要語彙・古語
・Leave not a rack behind: かすかな雲の痕跡さえ残さない。
・stuff: 材料、素材。
・as dreams are made on: 夢が作られる素材。
文法構造`such A as B` による存在論的な比喩。
詩的テクニック人間存在の根本を「夢」と同質のものとして捉える。
Is rounded with a sleep.
一つの眠りによって包み込まれ、締めくくられる。
重要語彙・古語
・rounded with: 包み込まれる、締めくくられる。
・sleep: 死や永遠の眠りの比喩。
文法構造短い節で長大な比喩を静かに閉じる。
詩的テクニック人生全体を夢と眠りの円環として閉じる。